Love & Pillow - 物語文章
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【1】
この学園は近々廃校になるという噂がもっぱらだったので、ボクは学園内のお気に入りの風景をスケッチして記念に残しておこうと思った。絵の練習も兼ねて。
ボクの通っている高校は以前は膨大な数の生徒数を誇っていたそれなりに長い歴史をもつ由緒正しきマンモス校だったらしい。
けれども少子化の影響で生徒数は減少の一途をたどり、今では学園内のどこもかしこもひと気が無くがらんとしている。
ボクはひと気の無い場所が好きだった。
学園は郊外の広大な敷地内にある。緑に囲まれた古くて美しい建築物の数々。
生徒数の減少にあわせて徐々に使用する建物の数も縮小してきているから、中には全く使用されていない建築物だってあった。いくつもあった。
ボクはその日の放課後、もう何年も前から閉館になっているという旧図書館の洋風建築をスケッチしていた。
漆喰の壁に縦長の大きな窓がリズミカルに並んでいる壁面の姿が好きだった。
旧図書館は現在使われている主だった校舎とは離れた場所に位置しているので、ボクは他の生徒の存在に煩わされることなく、静かに自分の時間を楽しむことが出来ていた。旧図書館周辺は学内でも特に静かな場所のひとつで、ボクのお気に入りの場所でもあった。
「あ、ブックじゃないか。」
このあたりではよく一匹の白いノラネコを見かけた。ボクは彼女(メスネコだったので)に「ブック」という名前を勝手に付けた。
彼女はいつものように図書館入り口の軒下で切れ長の目を横に伸ばして昼寝をしているようだった。
ボクはネコが好きだったので、ブックに会えるのもまた旧図書館の一角に足を運ぶ楽しみの一つだった。
ボクは手にしたスケッチブックを脇に置き、立ち上がった。
「あれだ、お嬢さん、ほら、貢ぎ物をご用意いたしました。召し上がりますか?」
ブックのそばまでにじり寄っていき、バッグから通学途中にコンビニで購入しておいた魚肉ソーセージを取り出し、開封してブックの鼻先に差し出してみる。
人間の気配に気付いたブックは、まずソーセージに一瞥をやり、そしてボクの目をじっと見つめ、そして腰を上げた。
「食べ物は頂くけれど、あんたはちょっとどいててくれない?」
というセリフがボクの脳内に思い浮かんだ。
ボクは貢ぎ物を地面の上に置くと、あとずさりで10歩くらい下がった。
ブックはくんくんとソーセージの匂いを確かめた後、ゆっくり食べだした。
ボクは満足し、さっきの場所に戻って続きを描き始めることにした。
「ネコも描くの?」
ボクがスケッチブックを拾い上げようとすると、そこにはひとりの女子生徒がいて、ボクの描きかけのスケッチを覗き込んでいた。
誰だろう? 同じクラスのひと? クラスは人数が少ないけれどボクはひとの顔覚えが非常に悪かったので、話しかけてきた人が自分の知り合いであるべき相手なのか違うのかが判らなかった。
「彼女が許可をくれたら描きますよ。」
「カノジョ?」
「あのネコ。白い、メスの。」
「ああ。」
やっぱり見覚えがない。
切れ長の目、すっきりした輪郭、ショートカット、スレンダーな体型、薄い胸(失礼)、細い脚。
「ネコ、好きなの?」
「ネコは好きです。」
「あなたはそれこそネコに似ていますね。」
「え。」
「目付きが。ネコ目っていうやつ。」
「うーん。」
「よく判ったね。あたし実は、ネコなの。魔法で人間の姿になっているけれど。
あっちの白いの、あたしの妹。」
「そうなんですか。」
「嘘だけど。」
「残念。」
「キミ、何年生? なんていうの?」
「なんて… 名前ですか?」
「名前。」
「2年B組、蜜海楓(みつみかえで)といいます。」
「知らないな。」
「隠しキャラですから。」
「レアなんだ。」
「比較的、ね。」
「あたし、3−A、柚月柚子(ゆづきゆず)。」
「知ってます。」
「嘘ですが。」
「びっくりした。」
「本当にびっくりした。」
「ごめんなさい。」
初対面の異性相手に随分と伸び伸び話をする人だなあとボクは思った。柚月さんの話し方はテンポがちょっと遅くて、半分寝ぼけている人と話しているような感じを受ける。
「キミはいつもこんな辺境で絵を描いているの?」
「今日はたまたまです。
いや、そうでもないかな。
いや、うーん。」
「ここには良く来ます。スケッチを取るのは今日が初めてです。」
「ここで他の生徒を見るのは初めてですよ。あなたは何をしにこんなところに来たんですか?」
「お昼寝。」
「昼寝。」
「昼寝部なのよ。」
「今流行の。」
「そうそう。」
「嘘なんですね。」
「うん。」
「昼寝部はウソ。
昼寝に来たのはホント。」
「あたし、不眠症なの。」
柚月さんの話によると、彼女は本当に不眠症で、夜ベッドに入っても眠れない、昼間は眠いので授業もろくに頭に入らない、そして放課後には眠れる場所を探してさ迷い歩いているのだそうだ。
それでも、教室、自宅、図書館、マンガ喫茶、どこに行ってもぐっすりと眠ることが出来ないでいるのだという。
運動して身体を疲れさせても眠れない。リラクゼーション音楽をかけても眠れない。音楽を止めて静かにしても眠れない。アロマテラピーみたいなお香を炊いてみても眠れない。
ボクはなにか心因性の原因があるんじゃないかと思ったけれど結局は専門家じゃないから判らない。
「眠りを求めて三千里、今日のあたしは学園内の静かな場所に目を付けてきたの。」
「涙ぐましいですね。」
そうこう話していたら、ソーセージを平らげて満足げな顔をしたブックがボクのほうにやってきて、ボクのそばでまたうつらうつらとし始めた。
ボクは手を伸ばしてブックをなでてやった。幸い彼女はボクの手がイヤではないらしく、ゴロゴロのどを鳴らしてくれた。
そしてそのままうたた寝を始めた。
「安心しきって眠っているね。」
「妹さん。」
「マイシスター。」
「いいなあ、眠れて。」
「蜜海クン。」
「なんでしょう。」
「このネコみたいにあたしも寝かしつけてよ。」
「ボクがですか。」
「キミがです。」
「どうやって。」
「それはキミの方が詳しいはず。」
「尽力します。」
「よし。」
「じゃああたし、どうすればいい?」
「そうですね。」
「じゃあその辺の楽なところで横になってください。」
「キミはどうするの?」
「祈ります。」
「ボクのこころが正しければあなたは眠れます。」
「ダメそうじゃん。」
「まあそう言いなさんな。」
「じゃあ横になるよ。」
「どうぞ。」
「ひざ貸して。」
「みっつで足りますか。」
「マクラにするの。」
柚月さんは本当にボクのひざをマクラにして横になってしまった。
ボクはどきどきした。
頭とかなでてあげたほうが眠れるのかな?
まあいいや、祈ろう。眠れ眠れ眠れ…
驚いたことに、ボクの祈りが届いたのか、柚月さんはしばらくすると本当に寝息を立て始めた。
芝生の上とはいえ彼女が横になっている地面もやわらかくはないから、ちょっと気の毒な昼寝の体勢のようにボクは感じた。
ボクはただ、おなかを冷やさないように(あと風でスカートがめくれないように)、自分のブレザーを脱いで彼女の腹部から大腿部にかけてのところが覆われるように掛けてあげた。
ボクは脚がしびれたしスケッチも描ける体勢ではなくなってしまっていたけれど、なんだかんだ言って柚月さんもブックもそれから3時間くらいはぐっすり眠っていた。
日がかげってきてそろそろ空気も肌寒くなってきた頃、ブックは柚月さんよりも先に目を覚まし、あくびを連発しながらどこかへ去ってしまった。
ボクが『このまま眠り続けてたらこのひと風邪引くんだろうなあ、でも起こしたら可哀相だしなあ』と考えていると、柚月さんは目を覚まして起き上がった。
「眠った!
あたし、どれくらい寝てた?」
「50メートルくらいかな。」
「3時間強ですね。
身体痛くないですか?」
「ちょっと節々痛いかな? でも、すっきりしたよ! 何時間もまとめて眠れたの、本当に久しぶり!」
「よかったですね。」
「あ、ブレザーありがとう。掛けてくれたんだ。」
「敷く物もあればよかったんですけれども。」
「いやあホント、眠った、眠れた。うれしい。しめしめ。」
「ああそうだ、柚月さん。」
「なに?」
「おはようございます。」
「うん、おはよう。」
「初対面のウサンクサイ男の膝枕でよく眠れましたね。普通なら緊張しちゃって眠るどころじゃないでしょう。
万が一眠れたとしても何されるかわからないんだし。」
「キミからは、」
「『いいひとオーラ』が出てた。ネコに餌やってたし。」
(ネコに餌をやるだけで女性とお近づきになれるんならいくらでも餌買って来るんだけれど。)
「で、結局キミは、寝ている間にあたしに何かしたのかな?」
「ヒミツです。」
「おまわりさーん。」
このひと、ノリがいいなあ。
話していて、楽しい。
「あたしには睡眠がとても貴重なの。ありがとう少年。」
「お役に立てて光栄ですよお嬢さん。」
「何かお礼をしなくちゃね。」
「いや、結構ですよ、女性に膝枕するというのは非常に甘美な経験でしたし。」
「ああそうかキミ、どきどきしたのね?」
「どきどきしました。」
「じゃあいいか。」
「あのさ蜜海クン。」
「なんでしょう。」
「またお願いしていい?」
「いつでもどうぞ。」
「ありがと。」
「ではキミを、あたしの専属マクラに任命します。」
「専属マクラ。」
「うん。英語で言うと?」
「…アイ・アム・ユア・ピロウ、かな?」
「ピロウって何?」
「『枕』ですけれど。」
「そうなんだ。」
「とにかく、キミはあたしのピロウ。いい?」
「了解いたしました。」
「うん。」
「ボクは放課後学内のひとのいなさそうなところをうろついていることが多いですから、マクラが必要なときは探してみてください。」
「校内放送で呼び出しちゃダメ?」
「いいですよ。」
「校内放送ってどうやるの?」
「それは、校長だけがご存知です。」
「…中学の。」
「ここ高校なんだけど。」
「まあ、校内放送はやめておきましょうか。」
「それがいいね。」
「あたし、そろそろ帰るよ。絵が描けたら見せてね。」
「判りました。お疲れさまです。」
「じゃ。」
ボクと柚月さんとのファーストコンタクトはこんな感じだった。
ボクも惚れっぽい体質だから、その日の帰り道にはもう柚月さんを好きになってたようだ。
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