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Love & Pillow - 物語文章

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【2】

 「愛だなあ。」

 放課後初めて柚月さんの昼寝に協力した日の夜、ボクは自室の押入れで昼寝用のマットを探していた。カブスカウトにいたころに寝袋と一緒に買った、キャンプ用のアイテム。

 「これがあれば昼寝がいっそう快適に。今ならふたつセットでテレビショッピング特別価格5000円でご提供!」

 (いかんなあ舞い上がってるぞ自分。)

 とにかくボクは、教科書類を入れている通学鞄とは別に大きなスポーツバッグを用意し、押入れの奥から引っ張り出してきた昼寝用のマットと、かさばらない程度の大きさのタオルケットとを詰めた。

 「マクラも要るな。」

 「ああ、マクラは要らないのか。」

 次の日ボクは大きな鞄を担いで学校に行った。放課後が待ち遠しく、授業が苦痛だった。


 「どこまで描けた?」

 待ちに待った放課後、旧図書館前、昨日のマクラプレイスに駆け足で到着したボクは、マクラ化以前の目的であったはずの学内スケッチの続きに取り組んでいた。でもそれは本当に、柚月さんが到着するまでの時間つぶしでしかなく、目の前の光景の陰影に目を凝らすことも屋根の傾斜を計ることも透視図法のための消失点を意識することすらなく、ただ漫然と鉛筆を機械的に動かしているのに過ぎなかった。
 だから昨日と同じように柚月さんが声をかけてきてくれたことがボクにはとても嬉しかった。それは救いですらあった。
 これで今日、大事な用事であれただ気が向かなかったというだけであれ、彼女がここに寄らないでボクがひとりで浮かれて待ちぼうけということになっていたら、ボクは二度とこの場所には足を運ばなくなっただろうと思う。

 ボクはそういうやつだから。


 「小田急線で言えば下北沢くらいですかね。」
 「それは上り? 下り?」
 「上りです。」

 「上りってどっちだっけ? 東京から離れるほうだよね?」
 「ええと…」

 「ボクは鉄道には詳しくないんです。」

 「今日は授業はいかがでしたか、柚月先輩。」
 「柚子お姉さまと呼びなさい。」
 「今日は授業はいかがでしたか、柚子お姉さま。」
 「やっぱいいや、やめよう。お姉さま照れちゃう。」

 「今日は授業はいかがでしたか、柚月さん。」
 「眠かった。」

 「キミはどうだった、授業。よく眠れた?」
 「あなたの夢を見ていましたよ。」
 「わ。」

 「お上手だわ。」

 「今日は随分大きな荷物を持ってきてるんだね。何が入ってるの?」
 「遺体です。」

 「…ボクの。」
 「キミのかあ。」

 「つかまっちゃうね。」
 「バレなければ平気。」
 「あたしがバラしちゃうかもよ。」

 「信じてますから。」
 「キミってチョロイわ。」

 「桜の木の下に埋めたいんです。」
 「キミの遺体?」
 「そうですね。」
 「ええと、梶井基次郎。」
 「いえす。」

 「じゃあ火葬じゃなくて土葬なのね。」
 「多分そのほうが土には栄養満点なんじゃないでしょうか。」
 「でも畑に灰をまいたりするよね。」
 「アルカリ性の。」
 「そうそう。」

 「で、このバッグの中身はなんだっけ?」

 「昼寝するときに使えるかなあって思って。地面に敷くマットと、あと薄いタオルケットとですね。」
 「あら。」

 「じゃあ、埋めようか。」
 「げ。」

 「冗談よ。」

 「ありがとう、ごめんね? 道具まで用意してもらっちゃって。」
 「愛ですよ。」

 「うれしいケド、申し訳ないな。」
 「いいんですって。好きでやってるんですから。」
 「キミは、」

 「ひとを喜ばすのが好きなひと?」
 「内緒です。」

 「つれないなあ。」

 「お休みになられますか、姫。」
 「うむ。わらわはおネムであるぞよ、下僕。」

 (下僕って…)

 ボクはバッグからマットを取り出して、芝生の上に広げた。
 ぐるぐる巻きの状態で保管されていたから巻き癖が強くついてしまっている。広げるのにてこずったし、もちろん一応広げはしても平らのままでいてくれはしない。上にひとが乗れば問題ないのだけれど。使いにくいといえば使いにくい。

 「どうぞ奥様。」
 「ありがと。」

 「じゃあ、マットとブランケットと、使わせてもらうね。」

 「ひざ、借りていい?」
 「高いですよ。」

 「標高4千メートル。」
 「酸素マスク持って行かなくちゃ。」

 「ひざ、どうぞ。」
 「ありがと。」

 「あたしが眠っている間、せいぜいどきどきしなさい。」
 「おまわりさん呼んでおきますか?」
 「そうね、2・3人。」

 「おやすみなさい。」


 昨日と同じように、柚月さんは静かに寝息を立て始めた。
 昨日とは違って、マットも敷いてるしタオルケットも掛けてるし、見守っているほうも安心なお昼寝タイムになった。

 …脚は痺れたけれども。

 脚の痺れと戦いながら、それでもボクは、にやつきながら、どきどきしながら、うきうきしながら、…とにかくこのシチュエーションの持つロマンティックな雰囲気にこころを躍らせながら、柚月さんの寝顔を見守っていた。

 今回は柚月さんは4時間ほどの睡眠をとった。下校時刻ぎりぎりまで眠っていたということだ。


 「おはようございますお姫様。」
 「うむ、わらわはぐっすり眠ったぞよ。苦しゅうない。」

 「快適だったよ。準備してくれたおかげで。」
 「それは良かった。」

 「おまわりさんは?」
 「トイレに行ってます。」

 「もうこんな時間なんだ。ごめんね、長々と付き合わせちゃって。」
 「楽しいですよボクは。」

 「ありがとう。」
 柚月さんは笑顔でそう言うと、大きなあくびをした。

 『ふわーぁあ。』

 「見事なあくびですね。眠り足りないですか?」
 「いや、睡眠は十分。」

 「あくびが大きいのは口が大きいからよ。あたし、ゲンコツが口の中に入るもん。」
 「見せてください。」
 「イヤ。」

 「見せてください。」
 「今度ね。」

 「何を見せてくれるんですか?」
 「ぱんつ。」

 「うそよバカ。」

 (バカって言われた…)

 「帰ろうか。」
 「はい。」

 ボクはマットを巻き、タオルケットをたたみ、バッグに詰め込んだ。

 「甲斐甲斐しいなあ。」
 「海外ではね。」

 「ここ日本だけど。」
 「ボクはアラスカから来たんです。」

 「アラスカってどんなところ?」
 「いや、」

 「行ったことないんで。」

 「帰るよ少年。」
 「はい。」


 ボクと柚月さんとは校門まで一緒に歩き、校門の前で別れた。お互いの住まいの場所がまるきり反対方向にあったのだ。
 ということは全くなくて、本当はまだまだ帰り道同じ道を歩くことも出来たしそのほうが合理的でもあったんだけれど、ボクはさも自宅が反対方向にあるかのように「じゃあここで、さよなら」といって校門前で別れたのだ。

 めぼしい新しい話題がなかったのが苦だったというか、異性とふたりで歩くのが苦手だったというか。

 そろそろひとりモードに戻って平静を取り戻す必要があったんだろう。ボクは舞い上がりすぎた。

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