Love & Pillow - 物語文章
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【3】
「医者には行っているんですか? 柚月さん。」
柚月さんと放課後一緒に過ごすのが習慣になってきていた。ボクは大きなカバンを毎日学校に持って行き、授業が終わると旧図書館前で待つ。
ボクのマクラッぷりも板に付いてきて、最近は柚月さんが眠っている間の時間が潰せるように、文庫本や音楽プレイヤーなんかも用意するようにしていた。
雨の降った日はとりあえず旧図書館前で落ち合って、それから余り使われていないけれども閉鎖まではされていないマイナーどころの建物に移動し、そこでお昼寝タイムにすることになっていた。多目的ホールのある小講堂の2階が、他の生徒も通らないし何かのクラブ活動が使うということもない場所であることが判明したので、そこを利用することで定着した。
その日も雨が降っていて、ボクらは小講堂の2階の窓際のベンチで昼寝体制を整えていた。
ひと気のない薄暗い場所で男女ふたりきり。簡単ながらも持ってきた寝具(みたいなもの)。
余り牧歌的な雰囲気では無い気がするけれど、なにかしらか想像力を掻き立てるような示唆に富んでいるけれども、ボクらの行動目的は常に強力に「昼寝」に焦点が定まっていた。
だから安心。
安心?
だから残念。
残念?
ボクのひざの上で目を開いたり閉じたりしながら、柚月さんは答えてくれた。
「この間、歯医者に行ったよ。半年に一回、歯石を除去してもらってるんだ。」
「偉いなあ。」
「ゴメン嘘。歯医者キライ。」
「不眠症のためには医者にかからないのですか?」
「…。」
「内科に行っても『異常なし』。」
「内科以外のところなら?」
「カウンセリングは受けてたことがあったけれど、面倒臭くて、やめちゃった。」
「なにか、」
「眠れなくなるような悩みがあるとか。」
「…。」
「プライバシーですよね。失礼いたしました。詮索してはいけない。」
「話しちゃおうかな。」
「あんまりこういう相談する相手がいないから、あたし。だって聞かされるほうだってウザイでしょ?」
「とんでもない。」
「ボクでよければ何でもお聞きします。是非お話ください。」
「うちは、」
「って、普通の身の上話なんだけど。」
「続きをどうぞ。」
「あたしが小学生の頃に両親が離婚して、一人娘のあたしはお父さんが引き取ったの。
で、お父さんは今仕事で遠くにいて、転勤のときあたしも一緒に引っ越したかったんだけれど、結局仕事が忙しくて何もしてやれないからって、あたしはこっちにある自宅に残ることになったのよ。一応このあたりには親戚が何人か住んでいるからいざというときに親戚を当てに出来るっていうことみたい。あたしはあんまり親戚のおじさんおばさんと面識無いんだけどね。
で、とにかく、あたしはいま一戸建てでひとり暮らししているわけ。
それで、夜なんだけど、だだっぴろい家の中がシーンと静まり返って、なんだか緊張しちゃって、眠れないのよ。
音楽つけても家中の電気を点けてもテレビをつけたままにしておいても、家の中のがらんどう感はどうにもならなくて。
夜が怖い。」
「っていうのが悩みなんだけど。これって不眠症の原因ですか先生?」
「わかりません。」
「でも、そうなんじゃないですか? 親の愛情を受けてこないで育った青少年はいろいろなところで変調をきたすみたいですよ、心理学とかの本によれば。」
「『心理学とか』の『とか』って何よ。」
「心理学の本によれば。」
「いい加減ねえ。」
「お父さんはあたしのこと愛してくれてるもん。」
「失礼しました。」
「じゃあ、愛情がどうとかっていう考えはこじ付けがましいですかね。」
「愛してくれているけれど、あんまり受け取ってないかも。」
「だってお父さん、遠くにいるし、いつも忙しいんだもの。」
「きちんと専門家に相談したほうがいいみたいですね。継続的に。」
「それはそうなんだろうけれど。」
「面倒臭い。」
「面倒臭そうですね。」
「ま、その辺は任せます。」
「任せなさい。」
「あ。」
「なんですか?」
「じゃああたしがこうやって昼寝できるのは…」
「昼寝できるのは?」
「やだなあなに恥ずかしいこと言わせるのよ。」
(何も言って無いじゃん。)
ひとの、あるいは親の愛情に飢えていて、それが精神を不安定にさせていて不眠症につながっているのかな? そういうのってあるのかな?
じゃあ昼寝が出来ているのは、ボクが彼女になんらかしらかの感情的な不足分に充足を与えることが出来ているから?
「思い上がりだな。」
「なんか言った?」
「いや、ひとりごと、です。」
「ひとりごとの多い人はえろいっていうね。」
「じゃあそうなんじゃないですか。」
「えろいんだ。」
「きみもな。」
「一緒にするな!」
「失礼しましたお嬢さん。」
「あたしのほうがえろいやい!」
「ああもう好きにしてくださいよ。」
楽しい。楽しいなあ。
柚月さんの不眠症がずっと治らないで、ボクらの学年もずっとこのままで、放課後のお昼寝習慣もずっと続くんなら…
「ステキなのに。」
「え?」
「ひとりごとです。」
「えっち。」
「不眠症、治ればいいですね。」
「うーん。」
(あたしの不眠症治ったら、キミとこうして時間を過ごすこともなくなっちゃうのかな。)
その日も柚月さんは下校時刻まできっちり睡眠をとり、そしていつもの通り校門の前で別れた。
ボクもわざわざ遠回りして家に帰るのが日課になっていた。荷物は重いんだけれど遠回りのおかげで大きな本屋に寄れるから、まあ、よしとしよう。
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