Love & Pillow - 物語文章
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【4】
「蜜海クン、あたし昨日、よく眠れたのよ。」
今日も大きなバッグを抱えて旧図書館前でブックをなでながら待っていると、やってきた柚月さんは開口一番、嬉しい知らせを報告してきた。
…嬉しい知らせ。
だよね。だよ。
「よかったじゃないですか。」
「お父さんが帰ってきたの。」
「万々歳ですね。」
「お父さん、会社辞めたんだって。
大冒険になるけれど、人生を仕切りなおしたいんだってさ。
しばらく失業保険もらいながら貯金を切り崩しながら、調理師の資格を取るために学校に行くとか言ってたみたい。こっちでお店を開きたいんだって。」
「素晴らしいですね。」
「でね、『いままでお前に父親らしいこと何もして上げられなくて本当にゴメンな、これからはなるべく一緒にいよう、仲のいい親子になろう。』って、言ってくれたの。
あたし恥ずかしかったからあんまり喜ぶ顔見せてあげなかったんだけれど、嬉しかったのね。
夜、久しぶりに家にあたし以外の人間がいる中で寝床に就いてみたら、家の中のカラッポ感が無くなってたんだよ。
『お父さんがいる』って。『もう安心だ』って。」
「そうしたらね、ぐっすり、本当にぐっすり眠れたのよ。」
「おめでとうございます。」
確かに、その日の柚月さんの顔は、始めて見るようなつやのいい健康的な肌をしていた。
「やっぱり父親からの愛情が満たされていないという潜在的な不満が睡眠障害の主因だったみたいですね。」
「そうなんだけど…」
不眠症が治った。
よかったよかった。
じゃあもう、放課後にわざわざ何時間も昼寝をして睡眠不足を補う必要なんかも無くなったって言う訳だね。
昼寝はいらない。
マクラもいらない。
「ボクはもうじゃあ、用済みかな。」
「…。」
「昼寝、今日もする。いつもみたいに。」
「かしこまりました。」
ボクはいつも通り、マットを広げて、ひざの上に柚月さんの頭を乗っけて、彼女にブランケットを掛けてあげた。
「良く考えたら、良く考えなくても、あたしたちのこの姿って傍から見たらとってもヘンだろうね。」
「美しいじゃないですか。」
「…。」
「…。」
「柚月さん、全然眠たくないでしょう。」
「うーん。」
「ゴメン、眠くならないや。」
「無理して昼寝することもないですし、やめておきますか。」
「…。」
「そう、するよ。」
柚月さんのさっぱりとした顔つきの一枚上に、何かかげったような表情が感じられた。
けれどそれは多分、ボクの希望的観測。
「せっかく放課後を眠気に邪魔されることなく有効に使えるチャンスなんですから、思う存分満喫していらっしゃい。」
「満喫って言っても…」
「キミはどうするの? このあと。」
「ひとりでいつも通り学内スケッチでもやってますよ。」
さらりと「ひとりで」って言ったけど、ボクは本当は、柚月さんと一緒にいたかった。柚月さんと一緒に何かしたかった。
でも、適当な言い訳が見付からなかった。何か、それをふたりで行うことが必要であるような、そういう行事が思い浮かばなかった。
『柚月さんの睡眠不足解消のために昼寝のお手伝いをする』っていうのが、ボクが彼女と一緒にすごすことができるための口実だったのだから。
それが無くなるのなら、ボクが柚月さんといていいという必然性も、そこで絶たれてしまう。
残念だけど、仕方ない、かな。
「あたし、今日は帰るよ。」
「そうですか。」
「もし、」
「昼寝したかったらいつでもボクのところにいらっしゃいね。」
「もちろん。」
放課後を柚月さんと過ごさない。
なんてつまらないんだろう。
でも、彼女の不眠症が治ったのは喜ぶべきことだ。彼女の父親が戻ってきたというのも彼女にとって大きなプラスに違いない。
ボクは祝福しなくちゃ。彼女の順調な人生をね。
その日ボクは、久しぶりに、校門を出てから自宅まで、遠回りせずにまっすぐに帰った。
楽しみにしていたコミックの新刊が今日発売で、帰りに大きな書店に寄って行こうと思っていたのだけど、面倒臭いからやめた。
次の日柚月さんは、昼休みにちょっとボクの教室に寄りボクを呼び出し、今日も昼寝出来なさそうだからあらかじめ伝えに来たと話した。
その次の日もそうだった。
さらにその次の日から、ボクは学校に大きなスポーツバッグを持って行かなくなった。
お昼寝の時間は終わったんだ。
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