Love & Pillow - 物語文章
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【5】
その日ボクは、放課後やはり学内のひと気の無いスポットに陣取ってスケッチをしていた。ここ2週間ほど柚月さんとの接触は無かった。
ひとりで過ごす、ボクらしい放課後。
今回描いていたのは、学園の西北最奥にある銅像だった。よく判らないひげ面のおっさんの胸像で、おそらくこの学園の創立者か何かなのだろう。
「しまった、こんなつまらないもん、描く価値無かったな…」
「あたしもそう思う。」
あの声がした。ボクが嬉しくなる声。あのひとの。
「お久しぶりな気がしますね柚月さん、こんにちわ。」
「うん。相変わらずひとりが好きなのね。独り言も。」
「えろいでしょう。」
「えろいなあ。」
「お昼寝ですか?」
「いや。」
「恩返し。」
「恩返し?」
「恩返しって言うと、ええと、カバの。」
「どこの民話よ。」
「あなたと話すの、とても楽しいから好きです。」
「あたしも。キミが好きだよ。」
(? 今さらっと…?
ああ、『キミとお話するのが好きだ』っていう意味だよね。)
「恩返しって言うのはね、キミ、あたしの不眠症が治るまで、いつも昼寝に協力してくれてたでしょ? 大きな荷物まで毎日用意して。」
「いい思い出です。」
「その後、ご自宅ではよく眠れていますか?」
「うん。おかげさまで。お父さんも優しくしてくれてるし。」
「キミに色々迷惑をかけちゃった割にあたしのほうからキミには何もしてあげてないから、その埋め合わせをしに来たのよ。」
「そんな、お気遣いなく柚月さん。」
「あたしの好意がお嫌なのかしら?」
「滅相もありません。」
「なにかくれるんですか?」
「…。」
「あのね。」
「はい。」
「キミの言うこと、何でもいいから、ひとつだけ、聞いてあげる。」
「それがあたしの恩返し。」
「ひとつだけ、何でもいうことを聞くと。」
「うん。」
「何でも聞くよ。」
何でも聞く、か。
彼女はその『何でも』に、何を想定しているんだろう。
そもそもこの申し出は、どういう意図があるんだろう。純粋なお礼の意味なら、菓子の包みでも持ってくるんじゃないだろうか。
いいや、自分の脳内で回りくどい考え事をしたってしょうがない。
これはつまり、『あたしのことが好きなら彼女になってあげてもいいよ』『あたしが欲しいならキミのものになってあげるよ』ということをほのめかしているじゃないのかな?
そう解釈するためには、『柚月さんはボクのことが好きだ』ということを前提として肯定しなくちゃいけないことになる。
柚月さんが、ボクのことを好き。
もし本当にそうなら、こんなに嬉しいことはない。
ボクは彼女が好きなのだから。
でも。
『相手が自分のことを好き』と言うことは、自分が思っちゃダメなんだ。
多くの恋は、そういう勘違いで膨れ上がって、悲惨な結末を迎えるんだ。
それはとても、とても嫌なことだ。とても。
本当にイヤなことだ。
「誰かが自分のことを好き」という考えは、本人から直接伝えられない限り、肯定してはいけないんだ。だからボクは今、柚月さんがボクのことを好きであるという可能性を考えない。
考えてはいけない。
…。
ボクは間違ってない。
「じゃあ柚月さんにリクエスト。」
「! ど、どうぞ。」
「前、言ってましたよね。」
「自分のこぶしが入るくらい、クチが大きくあくって。」
「それ、やって見せてください。」
「…。」
「それが…?」
「それが、ボクのお願い。」
「…。」
柚月さんは、口を大きく開けて、右手に握ったこぶしを口の中に入れてくれた。
「いいもの見せてもらいました。」
「…。」
柚月さんは、手をクチから取り出すと、ボクににっこり笑ってくれた。
その目には涙がにじんでいるようにも見えた。けれどもボクは目があんまり良くないので多分勘違いかもしれない。
そして、くるりと背を向けると歩き去ろうとしていた。
「柚月さん。」
柚月さんは背を向けたまま、ぴたりと止まってボクの言葉を待つ。
「また昼寝がしたいときは、昼寝に限らずボクが柚月さんのお役に立てることがあったら、遠慮なくボクに言いつけてくださいね。」
「ボクはあなたのお役に立てるの、とても嬉しいんです。」
「ありがとう、蜜海クン。」
柚月さんはボクに向けた背はそのまま、横顔だけ見せて、言葉を続けた。
「キミはいつもやさしいね。」
「でも、それだけだ。」
そう言うと歩いていった。
柚月さんが困っているときはいつでも助けに駆けつけよう。
ボクのその気持ちは本当だった。
でも、困ってないときは?
そばにいたいけれど。
ボクは今ひょっとして、何か大きな失敗をしたんじゃないかな?
まあ、いいじゃないか。
柚月さんの不眠症は治ったんだし。
そこには確実にプラスがあるはずだ。良いことが。
また、いつも通り、ボクのひとりの時間が再開するだけだ。
気楽で寂しい、ひとりの時間。
「ブックでも探すかな。」
ボクはその日はスケッチは終わりにして、ネコをなでに旧図書館のほうに歩き始めた。
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