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鬼子譚 - 物語文章

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【01_08】

布団に寝かせたえりかさんを見守る。
呼吸は正常。呼吸に合わせて豊かな胸が穏やかに上下している。
体温は多分平熱。
脈は…計り方がよく判らない。
汗もかいてない。

いずれにせよ、えりかさんの様子にそんなにしんどそうなところは見られない。
場合によっては救急車を呼ぶ必要があるのかもしれないと懸念していたけれど、この分だと大丈夫そうだと判断することにした。

えりかさんはすぐに起きそうな気配はなかったため、わたしは軽く食事を済ませ(夕食はえりかさんが作っておいてくれてあった)、シャワーを浴びてきた。
えりかさんの部屋に戻る。えりかさんはまだ気が付いていない。

しばらく見守っていたが、そのうちわたしもうとうとしてきてしまった。
自室から枕と毛布とを持ってきて、えりかさんの部屋の隅で横になることにした。


浅い眠りから気が付いたのは、真夜中の二時頃だっただろう。
わたしはいつの間に寝返りを打ったらしく、壁の方に向いて寝ていた。
背中にあたたかい、やわらかい感触がある。
いつの間に、えりかさんがわたしに身を寄せて添い寝していた。
わたしが身動きすると、えりかさんは起きていたのだろう、暗闇の中で彼女の頭が持ち上げられる気配がした。

畳の上にじかに寝ているので、体がわずかに痛い。

「えりかさん、畳の上じゃ寝にくいでしょう。」
「そうですね。私の布団で寝ませんか?」
「一緒に?」
「そう。」

わたしは寝返りをして、えりかさんと向き合った。
気付くと、彼女は、ショーツ以外、何も身につけていないらしかった。暗くてよく見えなかったが、彼女の肌だけがやけに白く、部屋の中で浮き立っていた。

わたしは彼女の提案に逆らわないことにした。
ふたりして畳の上をごそごそと這いつくばり、えりかさんの布団に移動した。一枚の薄手の毛布をふたりで掛けた。

わたしたちは布団の中で向き合いながらお話した。

「えりかさん、橋の上でのこと、覚えてますか? ぼんやりした様子でしたけれども。」
「… 覚えています。」

「今は体調はどうですか? 気分が悪いとか、どこか変なところとかありませんか?」
「体の芯が、うずいています。体中が、熱くて…」
確かに、彼女の頬が高潮しているようにも感じられる。呼吸も多少荒くなっている気がした。

「なかよしさんは、お怪我はありませんでしたか?」
「ないですね。」
「ごめんなさい。」

ごめんなさい、と何度か繰り返し、えりかさんは泣いた。わたしはえりかさんの髪をなでながら、じっと様子を見守っていた。

「えりかさんのあの行動の意味を、わたしは、『殺して』というメッセージだと解釈したんですが、どうなんでしょう。」
「…」

「包丁を振り回す割にはわたしに傷を負わせようという意思が感じられませんでした。それよりも、刃物を自分の胸にあてがったのがメッセージの核だったんじゃないかとね。

って、あてずっぽうで言ってるだけなんですが。」

「…」

えりかさんは布団の中で、すこしずつ、さらにわたしに身を寄せてきた。
彼女は、横向きで寝ているわたしの・上になっているほうの腕を取り、抱いていた。
とられた腕のひじが、豊かな胸の間に挟まれていた。
彼女はまた、両脚をわたしの片脚に絡ませていた。
確かに、彼女の体は熱を帯びているようだった。吐く息も熱い。

えりかさんは、額をわたしの肩に当てながら、ゆっくり時間を掛けて言葉を発した。

「私は、鬼子にならなくちゃいけなかったんです。」
「鬼子としててわたしに殺されなければならなかったと。」
「そうです。」
「どうして。」

「母が…」

「母がいつも言っていたんです。私は鬼子だって。」


えりかさんは、彼女の母親との思い出話を話してくれた。
その話題は、お互い触れないようにしていたものだったのだ。

えりかさんの父親は、えりかさんが物心付かないころに、他の女性とともに消えてしまったのだという。
えりかさんの母親は、夫を恨み、夫を思い出させるえりかさんをも疎ましく思うようになった。

母親は、えりかさんを愛さなかった。
そしてそれを、「この子は災いをもたらす鬼子だから」と思い込むことで正当化しようとしていたらしい。
えりかさんは母親に、「お前は鬼子だ。いつかきっと角が生えてくる。」と言い聞かされて育った。

えりかさんは、母親のために、鬼子になってあげなくちゃと思い続けていたという。
だから彼女は、角の生えてこないまま成人式を迎えたとき、とても悲しんだ。

「私が鬼子になってあげられれば、お母さんが喜んでくれるって思ったんです。」

「えりかさんのお母さんは結局、えりかさんに打ち解けてくれなかったんですね。」
「…」


「私、お母さんにやさしくしてもらいたかっただけだったんですけれど。鬼にならずに成人しちゃいましたし、母も亡くなってしまいました。」
「あなたは、お母さんが大好きだったんですね。」

「成人式の日、母が私に言った最後の言葉が忘れられないんです。」

「それは、質問してもいいものなのかな。」


「『お前が鬼子だったらよかったのに』って、言ったんです。」


わたしのほうからは、無駄に口を開かないようにした。多分いまは、下手な理屈を言うより、彼女の話を聞いてあげることが必要なんじゃないかと思ったのだ。
さいわい、翌日の仕事の心配をする必要がなかったので、彼女が話し疲れて眠るまで、ずっと聞いていてあげることができた。

日が昇る頃、えりかさんは落ち着いてきて、眠りに着いたようだった。
わたしは布団から抜け出し、えりかさんにきちんと毛布を掛けてあげた。
台所で一杯立てのコーヒーを淹れて飲んだ。
それから、自分の部屋に戻って眠ることにした。

体中に残るえりかさんの感触が、わたしを感動で満たしていた。

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