鬼子譚 - 物語文章
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【02_03】
半死半生という言葉の意味を胸に刻みながら、わたしは神社の石段を這い登り鳥居をくぐった。
えりかさんと由仁とは一足先に神社に着いてわたしを待っていた。
由仁はわたしと同じ距離を走ったはずなのに涼しい顔をしている。むしろ体が温まっていかにも調子が出てきたとでも言いたげな、生命力にみなぎった顔つきをしていた。これで小学生なのだ。
わたしは手水舎(ちょうずや)で柄杓を手に取り、手を洗い口をすすいだ。冷たい水が体の熱を多少奪ってくれた。いつものことながら神社での正式な作法がよくわからない。
境内の真ん中の建物の縁側に雪崩れ込み、横になった。
「父さま、今からそんなじゃ、帰り道走りきれないよ。」
「もういっそ、ここに住みます。」
「パパさんは帰り、バスを使うんですって。」
えりかさんと由仁とも、わたしに並んで腰を下ろした。
わたしはくたばっていた。
えりかさんと由仁とがお話をしていた。
「小さな神社だよね。」
「神社はたいていこんなものですよ。もっと小さいのがちょこんと都会のビルの屋上にあったりもするみたいです。」
「でも確かに、ちょっと空気がさわやかかな。」
「神社っていうのは昔の人が自然を神様に見立ててそれを祭るために建てたものみたいですから、自然のオーラが濃いところにあるのかもしれませんね。」
「母さまは昔からここによく来てたんだね?」
「そうですね。境内もそうですけれど、山というか杜(もり)への入り口があっちにあって、杜の中をうろうろするのが好きでした。」
「そうなんだ。行ってみようよ。」
「パパさんがあの調子じゃ無理そうですよ。」
「父さま、杜の中も探検してみよう。」
「… うん… 判った …
… 今度ね…」
由仁は境内をぶらぶらしていた。ストレッチをやったりして体をほぐしている。
えりかさんは持ってきていた扇子でわたしに風を送ってくれていた。
「パパさん、全然体力無いんですね。」
「無いのは、体力だけじゃありません。」
「富も名声も?」
「根性もやる気も。」
「じゃあ、あるものはなんなんですか?」
「かけがいの無い家族です。」
「ふたりとも、そろそろお弁当にしますか?」
「うん。そうしよう。ほら父さま生き返って。」
わたしたちは並んで座った。
えりかさんがお弁当を広げる。中身はわたしのリクエスト通り、サンドイッチだ。
わたしは途中の自動販売機で買ったペットボトルのスポーツドリンクの残りを飲み干した。
「えりかさん、包丁はよく切れました?」
「よく切れましたし、よく刺さりましたよ。」
「お弁当と言えば、昔えりかさんと来たときここでおにぎり男に遭遇しましたね。」
「まだ結婚する前でしたよね。」
「なにそれ? 妖怪?」
「似たようなもんです。怪奇!おにぎり男!」
「だれがおにぎり男か。」
顔を上げると、がっしりとした体格の険しい顔の男が仁王立ちでわたしを見下ろしていた。
十数年前に見た姿をはっきりと覚えているわけではないけれど、多分間違いないだろう。
おにぎり男である。
以前見たときよりも幾分老けて…いるように予想したのだがそのようには見えなかった。あれくらいの年になると十年やそこらでは容姿に変化は出ないのかもしれない。
「あ、境内は飲食禁止でしたか?」
「お前のその質問には以前答えたことがある。」
「いい天気ですね。」
「この神社に持ち込む弁当はおにぎりであるべきだと以前教えてやったはずだが。」
「いやあ、諸事物価値上がりで。」
「米価はそんなにあがってはいない。」
「ベイカっていうとパン屋さんみたいですね。」
「父さまそれ、ベイカー(baker)。」
「お前はそんなにパンが好きなのか。」
「いや、日本人なら米を食うべきでしょう。」
えりかさんは涼しげな表情でわれわれの問答を見守っていた。
由仁はおにぎり男に対して好い印象を持たなかったようだ。
「母さまのサンドイッチ、ここじゃ食べちゃいけないって言うの?」
彼女は物怖じしない性格で、とても意気がいい。
「いいや、そういうことではない。まあいい。」
「…ん? 娘、お前…」
「?」
「ま、おにぎりさん、次回からはおにぎりを山ほど持ってきますよ。」
「食べきれる量だけにするがいい。誰がおにぎりさんだ。」
「邪魔したな。」
おにぎり男は境内の奥に去っていった。
「なんだったの? あのおじさん。」
「日本おにぎり愛好会理事長の尾丹桐小結(おにぎりこむすび)さんです。(うそ)」
「そうなんだ。知り合い?」
「以前一度ここでおにぎり問答をしたことがありますね。」
「パパさんが今日のお弁当にサンドイッチがいいって言ったのは、以前あのおじさんに『弁当はおにぎりにしろ』って言われたからなんですよ。」
「父さま意味がわからないところで反抗的なのね。」
「人生の多くのことはその意味が判らないものなんですよ。」
「じゃあ、たとえば人生で意味が判っていることって何なの?」
「判りません。」
「今のこどもは鬼子(おにご)の話とかって学校で教わるんですかね、由仁。」
わたしもえりかさんも、この郷土の不思議な言い伝えをわざわざ由仁に言い聞かせるようなことはしなかった。
「鬼子ってあの、イケニエにされちゃうやつ?」
「ああ、知ってるものなんだね。」
「うん。学校で教わったんじゃないけれど、友達の間でよくウワサに出るよ。誰々のうちの何々さんは最近見ないけれど、それは角が生えてイケニエにされちゃったからだとか。」
えりかさんは特に口を挟むわけではなく、静かにわたしたちのやり取りに耳を傾けていた。
「ま、確かにこどもが好きな都市伝説のにおいがしますからね。」
「由仁ちゃんそう言えば、来月誕生日ですね。」
「あ、そうだ由仁。誕生日プレゼントにはニンテンドーDSなんかどうだい?」
「ゲーム機なら父さま持ってるじゃない。」
「いやほら、由仁用の。」
「いいよ、ゲーム機は。父さまの借りてやってるし。」
「でも通信プレイが…」
「それより私、新しい運動靴が欲しい。」
「いいですよ。じゃ、今度私と買いに行きましょうね。パパさんに車出してもらって。」
「この世界にゲーム機を欲しがらないこどもが実在するなんて…」
わたしたちはサンドイッチを平らげ、水筒の茶を飲み干し、賽銭箱に小銭を投げ、よく判らない作法を駆使して参拝をした。
帰り道、わたしはもう走れなかったが、せっかく家族で来ているのにひとりだけバスに乗るのもさみしいので、三人で歩いて帰った。
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