鬼子譚 - 物語文章
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【02_06】
「娘さんが消えてしまいました。いま病院内を探していますが見つかりません。もしかしてご自宅に戻られていませんか?」
電話の主の声が震えている。大いに動揺しているようだった。
「自宅には戻っていません。これからすぐそちらに伺います。構いませんね?」
わたしは自動車で病院に行くことにした。
由仁が自力で自宅に戻るかもしれないということで、えりかさんには家に残ってもらった。
病院では由仁は見つからなかった。
自宅に帰ってくるということも無かった。
由仁は消えてしまった。
わたしはその日も当然学校を休んだ。由仁を見つけるまではしばらく学校を休み続けることになるだろう。
警察には捜索願を出した。
ひとつ疑いがある。
由仁は消えたのではなくて病院からどこぞへ引き渡されたのではないか。
たとえば鬼子を生贄にして殺すという風習が実はまだ残っていて、村の中から鬼子が出たらしかるべき組織にその子を引き渡すことになっているとか。病院は黒幕とつながっているのではないか。
しかし、この考えは馬鹿げてもいる。もし鬼子が出たら引き渡すというのが村や町の中で組織的に行われているのなら、中学の教師であるわたしがその体制の中に取り込まれないはずがないのではないか。中学校は鬼子が発生する可能性の高い場所だと考えるのが妥当だろう。
それでも一応、病院に行ったとき当時病院にいた夜勤の看護婦や当直の警備員や、あるいは呼び出されてきていた担当医師などにはかなり強い態度でいろいろ問いただしてはいた。しかし埒が明かず、何かを隠しているという様子も感じ取ることはできなかった。
疑おうとすればどこまでも疑える。もし由仁が我々から隠蔽された体制によって誘拐されたのであれば、警察はその片棒を担ぐ組織であるのに違いない。しかし一方で、その着想はやはり邪推の域を出ないとも思われる。由仁の捜索願を警察に出したのも、疑心暗鬼によって自分たちの首を絞めることを恐れたからだ。このあたりはごく常識的な判断によって運動することにしていた。
病院と警察とから一度自宅に戻ったわたしはすぐにまた由仁を探しに出かけることにしていた。
「とりあえず思い当たるところから探し回ってみようと思います。えりかさんは家にいてください。由仁が帰ってくるかもしれないし、警察なり病院なりから電話が来るかもしれませんからね。」
「はい…」
「えりかさん、随分体調が悪そうですね。大丈夫ですか?」
「なんだか、いろいろなことが起こりすぎて… ごめんなさい…」
「無理せず横になっていてください。電話だけ受けてくれればいいですから。」
青い顔をしているえりかさんが寝室に入るのを見送り、わたしは再び車上のひととなった。
由仁に角が生えた。
由仁が失踪した。
この流れでわたしが真っ先に思い描く場所はひとつしかない。
大鬼神社だ。
わたしはくだくだしい回り道をせずに本命であろうと思われる神社から当たってみることにした。
神社の近くの路上に車を停め、石段を登り境内に乗り込む。
わたしの期待に反して、神社の様子はいつもとまったく変わりなく、違和感やまがまがしいオーラが感じられるということもなかった。
大鬼神社には社務所(というのだろうか)がある。が、神社の規模の割にはごく小さいものだった。
戸を叩いてみたが反応がない。神社の運営には詳しくないのだが、神社を管理する人間が社務所に常駐しているということではないらしい。
もし由仁が鬼子として速やかに生贄にささげられようとしているのなら、それは何らかの形で必ずこの神社と関わりがあるはずだと確信していたのだが、違うのだろうか。
社務所をぐるっと回る。雨戸が閉まっているが中を覗き込めるガラス窓はわずかにある。しかし、中をのぞいてみても耳を当てて音を聞いていても、中にひとがいる気配はない。
社務所を調べるのを諦め、なんと呼ぶのだろうか、わたしは神社の中心の・宗教的な建物のほうを調べることにした。
賽銭箱があり、鈴の付いた綱が垂れている。
入り口の戸に手を掛ける。鍵が掛かっていて開かない。
入り口の戸には曇りガラスがはまっている。わたしはためらいを覚えたが、ガラスを割って中を覗くことにした。靴を脱ぎ、そのつま先を手で持ち、かかとの靴底の部分でガラスを打った。それは簡単に割れた。
中は薄暗い。覗き込んでもほとんど何も見えない。
わたしは由仁の名を呼んでみた。返事も反応もなかった。何の気配もなかった。
わたしは漠然と、神社には神主なり巫女なり管理人なりの神社に属する人物がおり、そのひとが何かを知っているの違いないと思っていたのだが、ここには誰も属していないようだった。神社ってそういうものなのか…?
わたしは神社の捜索を諦め、車に戻った。
由仁を探すのにおいての本命で・というよりそこにいそうだと考えられた唯一の場所で手がかりがなかったことで、わたしは正直困ってしまった。
鬼子の言い伝えにとらわれ過ぎていたのかもしれない。
由仁に角が生えたことと今回の失踪の件とはまったく別の事柄なのかもしれない。たとえば病院の患者なり医者なりの中に変質者がいて由仁を巧妙に誘拐したとか。たとえば夢にうなされた由仁が夢遊病のようにして病院からどこかへ抜け出してしまい、思わぬ方向に移動し続けているのかもしれない。
見当も付かない。
とにかくじっとしていても始まらない。わたしは車を走らせた。
学校に寄り、休職を侘びつつ先生方に聞いて回る。手がかりなし。
公園や商店街を見て回る。いない。
町まで行き、病院の周りをぐるっと走り、ショッピングセンターに寄り、村まで戻る。由仁の姿は見かけられない。
…
夜になり、わたしはその日の捜索を諦めて自宅に戻った。
えりかさんは床に臥していた。食卓の上に「何か出前でもとってください」とメモ書きが置いてあった。
わたしは台所を漁り、袋のインスタントラーメンを見つけたのでそれを作って食べた。
そういえば由仁が倒れてからまともに寝ていない。
からだには疲労がたまっていたが精神がざわついて休息を取れるほどにはわたしをくつろがせてくれなかった。
風呂の準備がされてなかったのでわたしは熱めのシャワーを浴びた。牛乳を温めて飲んだ。深呼吸をした。ストレッチをした。
落ち着かない。体の芯から緊張が取れない。
とにかく体を無理にでも休めることにしよう。
…寝室で体を横たえたがなかなか眠れなかった。
由仁はいったいどこにいるのだろうか。無事なのだろうか。
無事でいて欲しい。
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