Love & Comic - いしいたけるのマンガのサイト

オリジナル(ページものや4コマ)マンガやゲームものマンガ(アイドルマスター・ファンタジーアースゼロ[FEZ]・モンスターハンターetc.)など

鬼子譚 - 物語文章

トップページ > 物語文章 > 鬼子譚 - 物語文章

【02_09】

「そこまでだ、尾丹桐小結。娘を返してもらおう。」
「わしはそんな名ではない。」
そうだった。オニギリコムスビはわたしがでっち上げた仮称だったんだ。

「あなたの名前なんてどうでもいいからさっさと由仁を返しなさい。」
「ふん、鬼子の両親か。」

「由仁ちゃん!? 由仁ちゃん!?」
えりかさんが呼びかける。
由仁から返事はない。だが、コムスビの様子を見た限りでは、まだ由仁に手を掛けてはいないように見受けられる。むしろ、由仁を前にして手を付けかねているといった風だった。

「見ての通りこの娘は鬼子である。よって、鬼の司であるわしが、この娘を生贄として神に捧げる。」
「コムスビ氏はその子が本当に災いをもたらすとでも思ってるんですか?」
「誰がコムスビシだ。」


「鬼子が生贄にされねばならぬ本当の意味を教えてやろう。」
コムスビが語りだした。

「鬼子が殺されねばならんのは、災いをもたらす存在であるからではない。
鬼子は、ひとの世の不和をその身に背負い、自らの命で贖うための出現する。不和を浄化し、ひとの世に和をもたらすために存在するのだ。」
「ああ、そうなんですか」

「判ったからさっさと娘を我々に渡しなさい。」
「お前はわしの話を聞いてなかったのか。」

「鬼子にどんないわれがあろうがなかろうが、わたしには興味ありません。わたしはわたしの娘と仲良く生きていきたいだけです。」
「それはならん。」

「気付いておるはずだ。この世には不和が満ちておる。お前も感じていたはずだ。
この村に戻ってきたときのことを思い出すがいい。こどもたちがいがみ合っていただろう。お前もその不和の渦に巻き込まれたはずだ。
今の世の中は、子が親を殺し、親が子を殺し、友人同士が殺し合う、そういう世の中だ。
ひとの世に、不和が満ちておる。
これは、この娘のひとつ前の鬼子による贖いのちからが薄れてきたということだ。」
「話が長い。」
「聞くがいい。」

「この娘の命を捧げることで、ひとびとの間に蔓延する不和を和らげることができる。もちろんそれを根絶することはできなかろうが、ひととひととのつながりのあり方の大きな流れを変えることができるだろう。
この娘の命は人類全体のために有意義に使われるのだ。」
「なるほど。」

「じゃあ、話が終わったんならそろそろ由仁を連れて帰るんで。」
「お前は、我が子かわいさに人類全体を損ねるとでも言うのか?」

「あなたはサラダにマヨネーズを掛けてはいけないと思いますか?」
わたしは質問に質問で返した。
「… は?」
「サラダを食べるのは健康のために野菜を摂ろうと意図するからです。けれどマヨネーズは結局油と卵とですからカロリーとコレステロール値とが高い。つまりサラダを食べるのにマヨネーズをかけてしまうと健康のためというコンセプトが台無しになってしまう可能性があります。」
「お前は何を言い出すのだ。」

「で、コムスビ氏に質問です。サラダにはマヨネーズを掛けてはいけませんか?」
「そんなこと知らん。わしに何の関係がある。」

「由仁のために人類全体がどうとかいう話は、あなたにとってのマヨネーズの話と同じです。」
「馬鹿を言うな。お前が人間である限り…」
「由仁を返すがいい。」

わたしはコムスビの語りに付き合う気などさらさら無かった。
鬼子の意味とかジンルイノフワとか、興味が無い。
わたしに興味があるのは、由仁を無事に連れ戻すという一点だけだ。

「答えよ。お前は自分の娘一個の命のために多くの人々を不幸にしても構わないと言うのだな。」
「コムスビ氏あなたよく水面に立てますね。わたしにもやり方教えてください。」
「答えられんのか。」

しつこいなあ。

「マヨネーズが好きならいくらでも掛けていいと思います。」

わたしはひとからなにかを強要されるのが大嫌いだ。
相手が返答を強いる限り、意地でも話を噛み合わせなくしてやろうと思っていた。

「ひとの世の理を省みない愚か者め。
その愚劣さには手を焼く。
この娘、このわしがいまだに手をつけられないでおる。何か厄介なちからに守られておるらしい。
その正体が判ったぞ。お前たちの愚劣な身内びいきの感情がこの娘を囲っていたのだな。」

「えりかさん、あのおっさん話が長くて埒が明かないので、わたしが池に入って由仁を連れてきます。」
えりかさんは頷いた。
「気を付けて、あの池、あの男の神通力が強く通じています。」

わたしは背負っていたリュックを置き、上着を脱ぎ、水に入った。
「ふん、実力行使というやつか。
痴れ者め。そのまま水底に沈めてくれるわ。」

体に接する水が、通常の水圧の数倍のちからでわたしを締め付けてくるのを感じた。
まわりの水が重くなる。体の自由が…

と思ったら、なんともなくなった。
わたしは感情の高揚によって水の冷たさを感じなくなっている体を平泳ぎで進ませて、由仁に近づいていった。

「む。ちからを行使しておるな…
母親のほうか。こちらに通じる素質の持ち主ということか…」

「あなたなんかに由仁ちゃんを渡しなんかしませんから。」
池に手をかざしながらえりかさんが言う。強く揺るがない意思から発せられた、鋼のような言葉だ。
「馬鹿者め。この娘はわしのために死ぬのではない。人間全体のために捧げられるのだ。」

「あなたなんかに由仁ちゃんを渡しなんかしませんから。」

由仁に手が届いた。テレビか何かで見た記憶では、ライフセイバーが・おぼれた人を水面に浮かべて運ぶとき、たしか髪の毛を引っ張っていたな。
わたしはユニの髪の毛をつかんだ。

水面に立つコムスビがわたしの頭を蹴り飛ばす。わたしは体勢を崩し、それを立て直すべく水の中でしばらくもがいた。

「お前たちのような阿呆には口で言っても判らんようだ。
もはや問答無用。
お前たちの手で、娘の命に終止符を打たせてやろう。」

コムスビが両手を広げ、わたしにその手をかざした。
コムスビの手が光を放つ…

強い神通力なのだろう。わたしにはそれに抵抗する回路が存在しなかった。

わたしはひとの姿を放棄させられ、一本の矢に形を変えられた。

「女、お前の使うちからなど、鬼の司にとってみれば万力に対する銀の毛抜きみたいなものだということを思い知らせてやろう。」
「銀には魔除けの効果があるんですよ。マンガで読みました。」
「魔の者め。悔いるがいい。」

コムスビがえりかさんに両手をかざす。
えりかさんは両手を組み、祈った。全身が淡い光を帯びる。コムスビの神通力に耐えているようだった。
だが、ちからの差が歴然としていたらしい。
えりかさんのからだから光がはがれていった。

そして、えりかさんはその姿を変えさせられ、一張(ひとはり)の和弓になった。

コムスビが、弓と矢とを拾いあげた。

「古来より、鬼子を生贄に捧げる儀式においては、その心臓を弓で射抜くことになっておる。
理に背いた代償じゃ。自らの手で娘の息の根を止めるがいい。」

水面に寝かされていた由仁が垂直に立たせられた。
両脚で体重を支えている風ではなく、見えない十字型の台にでも括りつけられているように、全身に浮力を受けている様子で、両腕を広げ、つま先だけが水面下に入っていた。


「…」
コムスビがなにか唱えているらしい。おそらく儀式のための祝詞とかそういう類のものなのだろう。あるいはおにぎり賛歌かもしれない。

唱え終わると、わたしが変えられたところの矢を、えりかさんが変えられたところに弓につがえ、ユニに向き合った。弓を高く掲げ、弦に親指を掛けた。

>>次へ

▲このページのトップへ

当サイトのコンテンツは自由に加工、使用してくださって結構です。