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[マシュマロ]

【速報】幼女が養女になった

【03-01】

「なぜうちの店で働きたいと思ったのですか?」

わたしはアルバイトの面接に来ていた。シタリはキリコさんに預かってもらっている。

「『こういう場所があったらいいのになあ』と常々思っていたようなお店が実在することを知って感動したからです。」

ネットで検索していておもしろいお店を見つけた。
池袋にある飲食店で、いわば「カード喫茶」。喫茶店でありつつ、カードゲームのプレイ場所として利用できるという特徴を持つユニークなお店だ。
店の名前は『カフェ ToChiGi』。このあんまりかっこよくない名前は、トレーディングカードゲーム(TCG)の頭文字と、マスターの出身県である栃木県とから命名されたらしい。
店では各種カードゲームの構築済みデッキやパック、それにスリーブ(カードを保護するフィルム状の袋)やダイスといったカード用品も販売している。さすがにカード専門店とは違い管理が行き届かないため、カードのバラ売りや買取まではやっていない。
飲み物や食べ物によってカードが汚れる恐れがあるため、「当店の飲食物によってカードをが汚れてしまった場合でも、当店は責任を負い兼ねます。カードはお客様自身が責任を持って管理してください。」という注意書きが、店内の各テーブルやメニューなど、目立つところにくどく書かれている。カードを広げているテーブルの場合は、注文したものはカウンターに置かれ、客が自らそれを取りに行かねばならないというルールも存在しているようだ。もちろん、店の側もカード保護のための努力をしており、重心が低く底面積が大きく倒れにくい形状のグラスやコップが使われていたりもする。

カードゲームの遊びにくさの原因となる問題点はいくつもある。
その主要なふたつは、「対戦相手が必要なこと」と「遊ぶ場所がないということ」とである。
たとえばカード仲間と新宿のカードショップあたりに行くとする。カードショップはたいていカードをプレイするためのスペースがあり、店内の狭い空間にテーブルがぎっしり詰め込まれていたりするのだが、朝一でお店に行く場合はともかく時間帯によってはテーブルが客で埋まっていて利用できないことがある。
カードショップでテーブルが確保できないと遊ぶ場所が一気に無くなってしまう。カードショップの近くにカード仲間の誰かが住んでいたりすれば集まれるかもしれないがそういう人物はそうそういないし、もしいてもそれが一人暮らしだったりすると部屋が狭くて窮屈この上ない。大抵はカードショップ近くのカラオケ店に入ってカードをすることになるがやはりここも狭いし場所代を取られる。
都心でカードゲームを遊ぶのには常に場所の問題がつきまとうのだ。
ゆったりとカードゲームが出来る場所が、便利なところに欲しい。これはカードゲームプレイヤーの切なる願いだと思う。

わたしが面接を受けに来たこのお店の素晴らしいところは、カードゲームショップの並んでいる池袋東口の繁華街から徒歩大体5分圏内にあるという素晴らしい立地にありながら、カードゲームを比較的ゆったりプレイ出来る場所が提供されているということである。
事前にチェックしておいたお店のWebサイトによると、今面接の相手になっているこの店のマスターがマジック・ザ・ギャザリングの往年の名プレイヤーだったということで、やはりカードを遊ぶ場所に苦労した経験からこのような夢の場所を作ったということらしい。
ただ、こういう道楽的なお店は経営的にはどうなんだろうか。すぐ潰れてしまうような気もするんだけれど。

「週5日勤務希望でいいんですね。」
「はい。遅番希望です。」

面接は15時から、店内のテーブルで行われた。客があまり入らずテーブルに余裕がある時間帯だったのだろう。

「住所は…近いのか。」
「アパートからお店まで歩いて30分くらいですね。自転車で10分くらいでしょうか。」
「飲食店でのバイトの経験は?」
「飲食店そのものはありませんがコンビニで数年働いていましたし介護職も1年やってたので接客は出来るかと思います。」

「以前は会社勤めだったのにお辞めになってしまったのはなぜですか。うちでバイトやったとしても収入ずいぶん落ちるでしょう。」
「話が長くなりますが。」

「わたしが勤めていたのは中小の商社で、わたしはそこのデジタル雑用というかWebサイトを作ったり画像を加工したりという仕事をしていました。
会社を辞める数ヶ月前に会社の人々との飲み会があったんですが、自分の着いたテーブルで話された話題がお金のことだけだったんですね。家賃がいくらとか、奥さんがお小遣いくれないとか、電気屋で家電を値切る方法とか。それらは重要な話だしわたしも興味あるのでわたし自身参加してもいたんですが、ふと、ああ金の話しかしてねえなと気付いたわけです。
わたしの学生時代はこう、芸術がどうとか、何に価値があるのかとか、そういう形而上的な話ばかりしていた。当時は、年を取るに従って、知識が増え、哲学は深まり、より高尚な話ができるようになるんだろうなあと思っていた。しかし、苦労して社会に出てみると、そこには金しかない。価値のものさしが金銭という一本しかない。
日本は、というか今世界中でそうらしいというのをしばしば目にする気がしますが、人間の心を支えるべき『価値あるもの』が失われている。だから経済の原理に則った拝金主義だけが膨張していると。それが、人間の幸福度を落としているんじゃないかと思うわけです。
それで、経済に屈しない生き方のスタイルを模索すべきだと感じ、転職からはじめようと思って会社を辞めたんですが、引き算だけじゃだめでしたね。次にどんな仕事をしようかなあと探しているだけで決める前に退職だけしてしまいましたが。

「金以外の価値は見付かりそうですか?」
「まだよくわからないんですが、いくつか『これがヒントになるんじゃないか』というのは考えています。
たとえばまず、昔は武士道というのがあって、歴史小説なんかを読むと江戸時代の士族というものは基本的には貧乏だったんですが武士らしい倫理、ひととして立派な倫理を持つことが価値とされた。それはまあ明治に入って四民平等になって反乱士族を弾圧したりして失われたそうなんですが、自らを律する武士道を持てばそれは金ではない価値になるんじゃないかと。
それとは別に、わたしは『詩』、ポエムという言葉をもって『金ではない価値』の代名詞としているんですが、詩というのは何かと考えると、『経済の原則にとらわれないこと』『物好きの精神』だと思っています。『かさじぞう』でおじいさんが地蔵に笠をかぶせてやるのが、まあ結果的には利益に結びついてしまったんですがその時点では何の得にもならない物好きな行動だった。そこに詩を感じるわけですね。人生における詩に注目する。
あとそうだ、最近親戚のこどもを預かることがあったんですが、こどもはいいですね。こどもを育てるという生物の本能に根ざした活動は普遍的な価値を持っているのかもしれません。」

「うちの店に応募したのもその、君が言う『詩』が関係しているのかな。」
「そうですね。正直儲けよりも物好きの原理に従って作られたお店であるように思えました。よってここには詩があるんじゃないかと。単純にカードが好きなのもありますし。」

「カードは何をやるんですか?」
「マジック・ザ・ギャザリングがメインで、あとバトスピを少しやります。両方とも軽い趣味程度にしか遊んでいませんが。最近ベータサービスがはじまったネットカードダスだかなんだかのサイバーワンってやつも触ってます。遊戯王やデュエルマスターズはやったことありません。」
「いまデッキお持ちですか?」
「MTGとバトスピとのそれぞれのメインのデッキは持ってますが。」
「カードプレイヤーなら判ると思いますがデッキにはその人のひととなりが表れます。」
「そこに惹かれてカードやってますね。」
「軽く対戦しませんか。マジックがいいかな。」
「ぜひお願いします。」

さすがカード喫茶のオーナー。対戦に誘ってくるなんてよっぽどカードが好きなんだろうなあ。
往年の有名プレイヤーだということなので歯は立たないだろうが、自分のデッキを相手にプレゼンできるのはうれしいことだ。

【03-02】

マジック・ザ・ギャザリングやバトルスピリッツといったカードゲームでは、各種カードにはそれが属する「色」があって、それぞれの色には世界観や能力に特徴がある。
トレーディングカードゲームの代表格であるマジック・ザ・ギャザリングで例を挙げると、カードの色は白・青・黒・赤・緑・無色の6色がある。無色以外の色同士の混色カードというのもある。
カードが能力を使用する際には「マナ」というエネルギーを消費するのだが、そのマナは土地(土地カード)から生み出される。それぞれの色はどの土地からエネルギーを得るのかも異なっている。

白は秩序の色。防御に適した能力を持つ。人間の兵士や騎士・天使などのカードが多い。平地からエネルギーを得る。

青は知識の探求の色。相手プレイヤーの行動を制限したり操ったりする能力を持つ。水辺の生き物や半魚人などのカードが多い。海からエネルギーを得る。

黒は闇と死との色。強力な効果の代償に自殺的リスクを負ったり墓地を活用したりする能力を持つ。吸血鬼やゾンビといったカードが多い。沼からエネルギーを得る。

赤は激情の色。攻撃的な能力を持つ。ゴブリンやドラゴンなどのカードが多い。山(火山)からエネルギーを得る。

緑は自然と本能との色。魔法を使う際のエネルギーをより多く生み出す能力を持つ。獣や虫、大蛇といったカードが多い。森からエネルギーを得る。

この、色の選択が、プレイヤーの個性を強く反映する最大の要素だと思う。
わたしのデッキは緑色一色しか使っていない。使う色が少ないほうがシンプルだしコンセプトにも一貫性が持たせやすい。

マスターとの対戦ではわたしが先攻をもらった。

「森をプレイ。『ラノワールのエルフ』を召喚してターンエンド。」
「お、緑デッキだね。
では僕のターン。ドロー。森をプレイ。同じく『ラノワールのエルフ』を召喚しターンエンド。」

どうもオーナーのデッキも緑が入っているらしい。序盤の動きはセオリーなので似たようなものになる。

「わたしのターン。ドロー。森をプレイ。3マナで『耕作』をキャスト。森を一枚タップ状態で出し、さらに森を一枚手札に加えます。ターンエンド。」
「僕のターン。ドロー。森をプレイ。『不屈の自然』。さらに二体目の『ラノワールのエルフ』召喚。ターンエンド。」

お互い、緑の得意技であるマナ・ブースト(エネルギー源を増やす戦略)を順調に進める。


その後は結局、わたしが『大蜘蛛』などの防御的なクリーチャーを召喚している間にマスターは『酸のスライム』を次々に召喚し、スライムの特殊効果によりわたしのエネルギー源である森が減らされていった。マスターはさらにソーサリー『二重の詠唱』を使用し『酸のスライム』を増員、わたしの土地に壊滅的損害を出し、土地カードを豊富に並べることを前提に組んでいるわたしのデッキはまともに機能できず、立ち枯れるようにして敗北した。

「ありがとうございました。」
「おつかれさま。緑単色が好きみたいだね。」
「そうですね、最初MTGを調べてたときは防御の強い白に興味を持ったんですが、結局は緑でマナ・ブーストを熱心にやるのが気に入りました。貧乏性なので。『耕作』とか大好きですね。」
「M12からはまた『耕作』がなくなって『不屈の自然』に戻るんだけど、『不屈』のほうが便利だよ。『耕作』の3マナはやっぱり重い。」
「あ、そうなんですか。」
「『不屈』だと3ターン目に4マナ帯に届くけど『耕作』だと4ターン目に5マナに届くという速度になる。まあさっき君は『ラノワールのエルフ』使ってたから2ターン目で『耕作』できたんだけど。だいたい5マナまでいけばどんなカードも強いから4マナに早く届くことが重要だね。」

さすがカードのキャリアが違う。勉強になる話を色々聞くことができた。

「マスターの使っていた『酸のスライム』をデッキに入れるかどうかがわたしにとってはひとつの大きな選択なんですよね。『酸のスライム』は召喚時に大抵相手の土地を破壊するじゃないですか。で、接死持ちだから便利に使える。
わたしのデッキのコンセプトのひとつに『相手の邪魔をしない』というのがあるんですが、『酸のスライム』は相手の土地を破壊する所が強いんだけど美しくない。でもやっぱり便利なので、デッキに入ったり入らなかったりしています。美学的な気分の時は入れないし、実用優先の気分の時は大抵2枚くらいは入ってますね。」

しばらくはカードの話をしていた。

【03-03】

「じゃあ言寺くん。明日からお店出られるかな? 明日研修受けてもらって明後日からシフトに入ってもらうということで。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

結局採用してもらえた。

週5日。それぞれ夕方から閉店までの遅番シフト。業務内容はフロアスタッフ。

「絵梨、ちょっと来て。」
マスターが若い女性の従業員に声を掛けた。キリコさんと同じくらいの歳だろうか。

「絵梨、彼に明日から働いてもらうことになったから。」
「言寺ナカヨシです。よろしくお願いします。」
「よろしく。」

女性店員はひとこと素っ気無く挨拶をしてすぐに奥に引っ込んでしまった。

「あいつは僕の娘なんだ。週に1〜2回遅番に出てもらってるから言寺くんと同じシフトになることが多いと思う。」
「はい。」
「ただ、あんまり愛想よくないしあいつはカード嫌いだから気を付けてね。」
「はい。まあコンビニ時代はあれくらいの年頃のひととよく組んでたので。」

面接を終えたわたしは、シタリと、シタリを預かってくれてるキリコさんとに、おみやげにケーキを買っていくことにした。
今後はわたしのバイト中、シタリはキリコさんに預かってもらうことになるだろう。これはキリコさんにはあらかじめお願いして了承を得ておいた。キリコさんの都合がつかなくて預かってもらえないときはアパートでキリコひとりで留守番してもらうことになってしまうか。